クレイマー、クレイマーと僕と彼女と彼女の生きる道

クレイマー、クレイマー コレクターズ・エディション [DVD]
火曜日にBS2で「クレイマー、クレイマー」そしてフジで僕カノが放送されたので、両方見てみました。
クレイマー、クレイマーを久しぶりに見て、かなり新鮮に感じた部分が結構ありました。まずは息子について。7歳くらいの子供と言えば、最も世話がやける時期ですよね。この映画でも、遊んでてパパの仕事の邪魔をしたり、ワガママを言って食事を取らなかったり、おもちゃで家を散らかしたり・・・ダスティン・ホフマン演じる父親は、子供の世話を必死にやっていくうちに、仕事に支障をきたすようになり・・・解雇されてしまいます。
「僕カノ」での凛は、あまりにもしつけが良くて、あまりにも良い子で、そこが逆に不自然な気もしますが・・・クレイマー家の息子とは違った面で色々と問題を抱えていますね。学校で苛められたりとか、両親の離婚について複雑な感情を持っていたりとか・・・
ダスティン・ホフマン演じる父親は、仕事人間という設定は徹朗と全く同じですが・・・息子の為に熱心になることを当然だと思っているような気がしました。妻が家を出た次の日から、悪戦苦闘して息子の世話をするし、当たり前のように仕事よりも子供のことを優先しようとする。本来は・・・彼のような父親が当然なのかもしれません。
草なぎ君演じる徹朗は、そのような「父親」としての感情が全くゼロからスタートしているが故に、凛と接していくうちに変わっていく過程がとても面白い、そんな気がします。
そして、ゆらの存在。離婚した父子家庭の双方に深く関わるうちに、複雑な状況に悩むことになる彼女の存在が、ドラマの方のオリジナリティの代表みたいな形になってる気がしました。単なる三角関係とは違って、父親を、子供を愛せば愛すほど、自分の存在が耐えられなくなってしまうような・・・ゆらの今後が非常に気になります。
映画の方は、裁判で子供を奪い合い、傷つけ合った結果、最後に修復への一歩を踏み出す・・・という終わり方でした。これをドラマの方でも見るのはちょっと残酷すぎるような気もしますが・・・どうやら避けては通れないのかな?
映画と同じ設定の物語に、様々な新しいテーマや人格設定を行ったのが、今の「僕カノ」のような気がしました。見比べてみて、逆に双方の良さを再確認出来ました。
それにしても・・・クレイマーの「フレンチトースト」のシーンは、本当に名場面ですね。最初と最後に同じシチュエーションが出てくるわけですが・・・最初がメチャクチャだったが故に、最後の無言のシーンが凄く心に残りました。