EU憲法批准その後

フランス・オランダがEU憲法批准を問う国民投票で否決の結果となり、それを受けてイギリスが国民投票実行を凍結。アメリカに対抗する為にEUという連合国家を作ろうという試みは、ここに来て大きく頓挫したということなのでしょうか。通貨統合等の経済的統合が先行し、それが一定の成功を収めたという評価を受けたことにより、このEUをモデルとして世界各国に地域経済圏成立の気運が高まったのは周知の通りですが・・・先進的モデルの筈だったEUの現状は、この地域経済圏という考え方に対する警鐘のようにも感じられます。もっとも、今回のEU憲法批准に対する各国国民の反対理由は様々で、移民問題であったり現EUの急速な拡大方針に対する危機感であったり・・・そもそもEU憲法の内容・目的がよく見えないという意見も多いと聞きます。
「自由と民主主義の拡大」というキャッチフレーズで新たな国際社会の枠組みとその中での確固たる地位確立を狙うアメリカ。その戦略に乗ろうとしてるかのように見えるイギリスと日本。そんなアメリカに対抗しようとEU拡大を図ったフランス・ドイツ。冷戦時代の旧敵国同士が新たな勢力争いを始めた図を見て、国家としての拡張主義を推し進め始めたロシアと中国・・・今の世界の流れを非常に乱暴に捉えると、こんな感じになるのでしょうか。個人的には、最近のこのEUの動きを見ると、地域連合による大国への対抗という勢力均衡政策の、その遂行の難しさを露呈しているように見えるし、ではやはり冷戦後の世界は地域均衡ではなく「パックス・アメリカーナ」がしばらく続くのかとも思えます。ただし、国家拡張主義を推し進める国家(ようするに中国)にとっては、この混乱時期こそが強硬政策を実行する絶好のチャンスなのかもしれません。
余談ですが、自分は学生時代アジア経済学専攻で、東アジアの地域経済圏などがテーマのゼミに所属していました。・・・まぁぐうたら学生だったので全然勉強はしなかったのですが(汗)、当時はNIESという言葉が流行りアジア諸国の急成長が注目され、そして成長市場としての中国が非常に注目され始めた時期でした。その地域経済圏思想は当然EUを目標としているものが多く、単純に世界が大きなブロック経済圏に突き進んでいくかのような理論が強かったような記憶があります。この「地域経済圏」という思想が、日本では東アジア経済圏という考え方の根源になっているのは語るまでもないのですが・・・学生時代に色々読んだ情報を思い起こしてみると、経済学のゼミだったこともあって、そこに地政学的な問題点、政治学的なリスクがあまりにも軽視されてた印象があります。日本は経済依存国家であるが為に、この「地域経済圏」論に飛びつきすぎたのではないか・・・当時はアメリカ依存度が高い日本経済への批判が強かった時期でもありましたし。